深い人間理解を持ち、その向こうに普遍的価値感を

こちらが善意で尽くしてあげていても、
その善意をうまく利用だけして、得るものを得たら
さっさと逃げていくような人は巷にあふれています。

このような人は義の心がない不義の人です。
昔は不義不忠者という表現がありました。

人間を相手にしていると、このようなことは日常茶飯事です。
しかし、そこで人間不信になってやる気をなくしてはいけません。
なぜ、裏切られると腹が立つのか。

それは人間を見ているからです。
人間を見るのではなく神仏を見ることが大切です。
それが普遍的信仰心です。

自分の愛と真心のすべては神様のために、
捧げたのだと考えることが大切なのです。

その悟りがあれば、
あなたが誠心誠意その人のために愛と真心で助けたら、
その真心は必ず神様が受け取っておられます。

もし、目の前の人が裏切り、不義理、恩知らずなことをしても、
あなたの尽くした真心に神様がちゃんと、
別な形で報いて下さるのです。

世の中には、相手を利用しようとして、とてもうまいことを
言って持ち上げて頼り、利益やノウハウを得て、
その後、不義理な言動して逃げ去るような人はいるものです。

逃げる時には、うまいこと自分を被害者に仕立てて、
自分のした不義理を隠して、後足で砂をかけて去ります。
会社や学校や職場などでこのような目にあった方も多いはずです。

世の中に、一定数このような人がいるのです。
しかし、もし、神仏に捧げる心で愛と真心を
尽くしているなら、そういう人に出会ってもこちらは傷つきません。

むしろ、「かわいそうな人だなあ」と思うだけです。
一見すると、こちらは良いように利用されたかに
見えますが、神仏は必ず相応に報いて下さるからです。

もし、あなたが真心をこめてその人を助けてあげたので
あれば、その捧げた真心は、別のところから戻ってきて
あなたは必ず報われます。

また不義不忠の輩のほうは、因果応報の法則が
ちゃんと裁いてくれます。己の不義理の悪因悪果を
その人は必ずやどこかで受け取ることになるのです。

得たものをとりあげられたり、幸せが途中でキャンセルされて
元の木阿弥になったりする形で、きちっと償うことになっています。

ですから、去っていく人を追いかける必要はないし、
忘恩の徒を憎々しく思う必要もありません。

邪霊に憑かれやすい人間の特徴は、
一、忘恩の徒。二、義の心がない人。三、志がない人。
です。

ですから、義の心を第一にし、報恩感謝を忘れず、
心がけをもって精進努力する生き方なら、
このような邪霊に憑かれることもないのです。

ともあれ、人間を相手にするのではなく、
神仏を見て、神仏のためにと真心と愛を人に向ける。
これが普遍的信仰心です。

人間は時に期待を裏切るものですが、
本当の神仏は絶対に裏切らないのです。

自分が人間を見ていたのか、神仏を見ていたのか、
その違いで、その後の展開まで変わってくるのです。
人間を見ていたとしたら、その人からの見返りをどこか
期待していたということでもあるでしょう。

人からの見返りには期待しなくても良いのです。
神仏がもれなく報いて下さることを確信していれば
それで良いのです。
これが普遍的信仰心の獲得ということなのです。

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