日和見主義と絶望と無謀について

日和見主義というのは、「よかったら、行く」
「よくなければ行かない」という行動様式のことです。

自己中心性が強く、打算で動く人間は
日和見主義をもっているので、すぐに見破れます。

死後、あまり良い霊界にはいけない思考様式です。
成功している人にもこの傾向がある人とない人がいます。

天佑神助がどちらにあるかは言うまでもありません。
詳しく分析すれば、総合的に幸せになっているのは、
日和見主義を乗り越えた人達です。

日和見主義を乗り越えるためには、
「義」の心がなければなりません。
逆に言えば「義」の心がないからこそ、日和見主義になります。

愛や善を貫こうとすれば、「義」の心による支えが不可欠です。
道義のために、あるいは神の義のために、という心があるから、
日和見主義を乗り越えた行動もできるようになります。

東日本大震災の時に、真っ先に東京から脱出した富裕層もいれば、
東北にボランティアのため出かけていった人達もいました。
日本を離れず、日本を守ろうとした人達も多かったのです。

しかし、一部の富裕層は、放射能汚染のデマを信じて
我先に海外へ逃げていました。
「義」の心がないので恥ずべき行動が平気でできるのです。

しかし、日和見主義よりも恐ろしいものがあります。
それは「絶望と無謀」です。

絶望も無謀も、人生を破壊してしまいます。
それどころか、来世にまで悪影響を及ぼします。

どうして、絶望したり、無謀になるのでしょうか。
それは、普遍的信仰心を会得できていないからです。

もし、普遍的信仰心を持っていれば、
その人は「天意」あるいは「神の御心」に思いをいたし、
「天意」あるいは「神の御心」に叶う道を選択することでしょう。

そうであれば、絶望したり、無謀な行動に
走ることはありえません。

その理由は、神の存在を信じるがゆえに、
「苦労して努力した分、神様が必ず、
報いて下さること」を信じているからです。

もし、あなたが、愛と真心を注いで尽くしたことが、
報われず、裏切られ、期待と反対の結果になっても、
心配する必要はありません。

その人間から報われなかった分は、
神様が必ず別の形で、どこかで報いて下さるのです。

これがわかっているからこそ、絶望はありえないし、
無謀や自暴自棄にもなりません。
やる気がなくなることもありません。

神を会得した普遍的信仰的人生観をもつ人には、
いつでも尽きることのない夢と希望があります。
前世療法の意義とは、この境地に到達することにあります。

絶望も無謀もない人になれば、
日和見主義に走る必要もなくなります。

どんな状況でも、そのつど、新しい人生設計を
次々に生み出し、喜びに満ちる人生の計画を創造します。

そして、この想念こそが、ほんとうに、
すばらしい人生の喜びを実際にあなたの
もとに引き寄せてくる極意なのです。

信じて待つということができるのは、本当に幸せな人です。
その確信のとおり、信じたものがやがて引き寄せられます。

あなたも前世療法を受けて、生まれ変わりの法則と
今生の自分のテーマを悟り、迷いを脱して
喜びと幸せを生み出せる自分になりませんか?

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