自分を愛することと他者を愛することはつながっている

【質問】

「私は安定して楽しくて、明るい温かい家庭を
築くことができるだけの価値がある人間だ。」
と朝晩読み上げています。
けれど、今の私の課題はとにかく「自分を愛すること」です。
日本人は共依存文化で自分を愛することを
大切にしてこなかった文化でないのか、と思います。
とくに、私たちの親たち世代は、
女は、夫と子供に自分を捧げることがすべてだと
されてきたのではないでしょうか。

【回答】

「けれど」という言葉でつないでいますが、
これは逆接の接続詞です。

「けれど」の前と後ろでは、プラスとマイナスというように、
意味が相反しているということを意味します。

つまり、あなたの中で、
自分が幸せになったり結婚したり家庭を持つことと、
自分を愛することが、まだ、一つになれていません。

もし、結婚したり家庭を持つと、自分を愛せなくなると
恐れているのかもしれません。

結婚や家庭は、自分を愛せなくなるか、
夫や子どものために自分を抑えるか、いずれにしても
愛や自由をあなたから奪うものだとの恐れがあるかもしれません。

それを解決するには新しい視点を
自分の中に育てることも大切です。
「パーソナリティ障害」について勉強してみることをお勧めします。

例えば、「自分を愛する」ということは、実は、
万能不変の鉄則では決してありません。

振り子のようなもので、何事も一方に振り切れると、
支障をきたします。

例えば、「自己愛性パーソナリティ障害」は、
自分を愛することが過剰になりすぎて、
問題を生じる人格の歪みです。

これと正反対に振り子がふれたものが、
「依存性パーソナリティ障害」です。

すると、この二つの人格の歪みを調整する場合には、
処方箋がまったく逆になるということです。

前者は自愛をむしろ押さえ、利他を考えるようにし、
後者は自我を保ち、自利を意識させるようにします。

ところが、潜在意識をもっと理解すると、
自他の区別がなくなります。
他者を幸せにすると自分に戻ってくるのです。

この法則が分かるので、本当の意味で利己的な人は、
自ずから、利他的にもなっていくのです。

結局、「自分も愛するし、人も愛する」というのが、
中庸の「中」に相当する安定点ということになります。
「やじろべえの中心」です。

ですから、温かい家庭を作ることは、あなた自身を
愛することにちゃんとつながっているのです。

また「女は、夫と子供に自分を捧げることがすべて」
というのは韓国に特有の儒教的な女性蔑視の思考です。
また、インドやイスラム系の国にも見られます。

韓国では日本併合まで女性に固有の名前がありませんでした。
昔から夫による妻への暴力がありふれており、
先般、女性大統領がその根絶を謳ったとおりです。

歴史をしっかりと学ぶとわかりますが、
日本では、むしろ、女性も立志発願して、
主体性のある高貴な人生を歩んだ人がたくさんいます。

大河ドラマで放映されている女性の主人公達もそうです。
篤姫、江、新島八重、杉文。
歴史をひもとけば、神功皇后、推古女帝、持統女帝、
紫式部、清少納言、瓜生岩子、津田梅子など数えればきりがありません。

そして、神話をさかのぼれば、
天照大御神様は女神様で高天原の最高神です。

実は世界に視野を広げて観察すれば、
日本は女性を非常に大事にする国で、
「母親が太陽である」ような母系社会がその根底にあります。

このあたりのことは、歴史を勉強すると見えてくることです。
もちろん、どの時代、どの世界、どの社会、個々の家族にも
虐げられる人はいます。

日本でも、女性が被害を受けたり抑圧されたこともあるでしょう。
しかし、「日本社会が共依存社会」とまでは言えません。
そのような学説を主張する左翼系の学者はいるかもしれませんが。

人類の歴史において道徳的に劣った民族や部族は必ず、
より優れた道徳性をもつ民族や部族により滅亡させられています。

日本は歴史上、一度も他国の植民地になったことがない国です。
それは、決して、偶然の産物ではありません。

それどころか、白人によって植民地化されたアジア諸国を
その支配から解放して、アジア各国を救ったのが日本です。

日本は自衛戦争をしたのであり、
太平洋で日本が戦った相手は白人相手です。

白人による残虐な植民地支配から人類を解放したのが、
戦前の日本です。

自分の所属する国や社会を憎んだり責めたりしすぎると、
国や社会からの恩恵が自分に引き寄せられなくなります。
良いところを見ていくようにしましょう。

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