自分を大切するとはいかなることか?

自分を大切にするということがわからないと、
他人を大切にするということもわかりません。

潜在意識は自他の区別がありませんので、
自分を大切にしていないとき、
他人も大切にできていないのです。

他人を大切にできる人は自分も大切にできるものであり、
その逆もまた真なりです。

「大切にする」という言葉ですが、
「このエンピツを大切にする」と普通に口にしますが、
「このエンピツを愛する」とはあまり言いません。

「大切にする」よりも重く深いのが「愛する」です。
つまり、考えるべきは「愛するとはいかなることか?」
ということです。

もっとも基礎になる姿は、
母親が赤ん坊を愛する姿です。

母親は赤ん坊に何を与えるのでしょうか?
母乳や衣服もありますが、それも含めて、
母親は、わが子にあるものを与えているのです。

それは「安心・満足・喜び」です。
母乳をもらい、抱きしめられて、大切に扱われると、
赤ん坊は、喜び、満足し、安心するのです。

これが「愛する」ということです。
愛するとはその対象に「安心、満足、喜び」を与える
ということなのです。

機能不全家族の子どもは安全基地と呼ばれる
心の安息地を得られないまま育ちます。

「○○さん(○○ちゃん)に心から喜んで頂けますように、
心から満足して頂けますように
心から安心して頂けますように」

このように念じるときには
それは愛念のこもった祈りということになります。

自分を愛するということも同じです。
自分が心から喜び、心から満足し、心から安心できる、
そんな人生、そんな毎日を生きる時、

それは自分を愛しているということです。
これがきちんとできる人は、他人にも同じようにできます。

生育環境により両親の影響を受けるのは仕方ないことですが、
それに縛られているようではいけません。
影響に気がついたら、それを打ち破って、自分を救済する、

自己救済の道を歩まなければなりません。
そのとき、はじめて、本当の意味で他者も救済できるのです。

自分の幸せを祈ることは、大切なことなのです。
自分も幸せになり、周囲の人も幸せになるように祈るとき、

その祈りが自分を愛するという生き方を導くのです。
毎日のお祈りや自己訓練がそれを本物にしていきます。

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