生活修業こそ人生開運の基礎

前世療法をはじめとして、いわゆる精神世界、
スピリチュアルといわれる分野に関心ができると、
目に見えない不思議な世界に目がむくようになり、
 
 
その結果、日常生活の脚下照顧を忘れがちになることが
あります。
どんな崇高な教えや理念を知っても、
それが日常生活に活かされていないと、
 
 
単なる空理空論に終わってしまいます。
これは観念をもてあそんでいるだけになります。
 
 
生活修業が大事なのです。
生活修業とは日常生活を正しくすることです。
身のまわりの整理整頓、家事、掃除洗濯、
玄関まわりの片づけ、
 
 
家の中のホコリの掃除、仕事場の整理整頓、
家事や仕事における一つ一つの手際の良さ、
そこにこめる真心の純粋さ。
 
 
そういった自分の身の回りが正されていかないと、
その精神世界の知識が本物ではないということです。
すべて、悟りは生活修業のなかに表現された分だけが、
自分の得たものです。
 
 
これは一例ですが、
臨済禅では、公案を考究して悟りを追求しますが、
その一方で、寺での修業はまず便所掃除からです。
それから境内の掃除、廊下の掃除、本堂の掃除、
そして台所当番です。
 
 
すべて日常生活の作務の中で、気づき、悟りを重ねます。
これが生きた知恵であり、本物の悟りです。
 
 
実際、整理整頓や作業に没頭している時に、有益なヒラメキや
インスピレーションがきますが、これらが天来の知恵です。
怠けているときに出てくるものはニセモノです。
 
 
ぜひ、自分自身の生活態度、生活姿勢、身のまわりの整理整頓
を重視して、脚下照顧を忘れないようにして下さい。
 
 
前世体験も神霊世界もすべては、
生活の中に顕現することでこそ、意味を持ちます。
どんなに知識を持っても、生活が変化しなければ、
それは本物ではないのです。
 
 
今日一日、今日一日と思い、自分の壁を破り、
観念を突破して、新しい自分を生みだしましょう。
自分が変わってこそ、実践してこそ、
その言葉は人にも説得力を持つのです。
 
 
悩みを解決するには、古い自分を捨てて、
新しい自分を生みだすことが大切です。
その鍵は「没我没頭」です。
 
 
つまり、自分のしている仕事や家事に真心をこめて
全力でとりくむことです。
すると魂が輝いてきます。
そこに天来のひらめき、悟りも降りてくるのです。
 
 

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