罪悪感は生命力を奪う

前世療法

キリスト教では人間は罪の子と教えますが、人間は、自分に罪悪感を持つと、気持ちが萎えていきます。つまり、積極的な前進力が損なわれます。もし、自信家で傲慢で人を支配することばかりしている人であれば、よい薬にもなるかもしれません。

罪悪感で人は明るさを失う

しかし、普通の人にとっては、過去の過ちや失敗、不運不幸を思い返し、自分を責めることは、他人を責めることと同じぐらいに有害です。この攻撃的な心の力は、自分の生命力を損なうものなのです。赤ちゃんや幼児がほめられることですくすくと育つように、人間にとって、自己肯定感はとても大切な力になるものです。ところが罪悪感が強いと、この自己肯定感が弱くなります。むしろ自己否定に傾きます。これはたえず自分にダメだしをしている状態であり、自己本来の潜在能力の発露を妨げます。

罪悪感は心身の病を引き起こす

これは心身に影響を与えるので、肉体的な病気が起きてきたり、メンタルの病気が起きてきたりします。そんなときは、自分をゆるすことに積極的になってみましょう。自分を許せば、再び、新しい生命力が湧いてきます。「私は自分を許しても良いのだ」と考えてみませんか?自分を許し、他人を許すとき、破壊のエネルギーが消えていくのです。失敗や過ちは、反省して次に改めたらそれで良いのです。

罪悪感の論法は自我の強い民族を抑制するためのもの

リベンジ(挽回)の機会はこれからいくらでもあります。前世療法の観点から申せば、来世でも挽回可能です。キリスト教的な原罪意識は、もともと、自我が強く自己中心性の高い白人向きの処方箋なのです。和を第一としてきた日本人にはむきません。コロンブスがアメリカ大陸を発見してから、日露戦争で日本がロシア帝国を討つまでの世界は、白人が有色人種の国を植民地にし差別する世界でした。また、世界から植民地のほとんどが消滅したのは、日本がアメリカと激戦してからのことです。キリスト教では愛をうたいながら、やってきたことは、白人による有色人種の差別と支配の歴史でした。他民族に無慈悲、他宗教に無慈悲なのです。その悪行をことごとく打ち砕いたのが日本の戦い、すなわち日露戦争と大東亜戦争であったのです。

労働を神の仕事、喜びと考える日本民族。労働を罰とみなす聖書

日本の伝統文化として続いてきた神道は縄文時代の一万年の歴史を背景に育まれた思想です。そこでは、労働は神様の世界で神様が行う神事であり、それは喜びなのだと考えられています。働くことは、はたを楽にすることだとプラスに受け止められるのです。また、罪や穢れは、禊払いして、祓い清めれば、水に流すことができると考えます。罪悪感に苛まれるようなメンタリティはそこにはありません。これが日本民族が常に明るく前向きで発展的である根源的な民族性なのです。出産についても聖書では罰とみなされています。神道では、出産は喜びであり、子孫繁栄は慶事です。日本の伝統思想は、明るく前向きで積極的な思考を基本としているのです。これは世界に誇れることだといえるでしょう。

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